ある晴れた日のこと
2026.07.23
こんにちは、パクト事業部です。
皆様、暑い日を如何お過ごしでしょうか?
今年から40度を越えると酷暑という名前が正式につきましたが、今年だけでも多く目にしそうな気がします。
ところで株式会社池田ネジ商会が設立されたのが1966年。
昭和41年と言うことで、もう平成、令和と元号で言うと3つ目となります。
そして今年は2026年なので、設立されてから60年。
会社を人間として捉えると「還暦」で赤いちゃんちゃんこを着る年ですね。
(最近の60歳は若いから、そういう文化も遠のいてそうな気もしますが…)
また関連会社の立華株式会社が遅れること5年。
昭和46年の設立となり、こちらも御年55年の「大(でぇ)ベテラン」な会社となります。
現在では環境の話題は普通ですが、こんなころから積み上げていたのですね。
ところでそんな2つの会社が「まだ若かったころ」のお話し…などはご興味ございますでしょうか?
…というのも先日、とある古文書を手に入れたのです。
それがこちら「DACHSだより」です。




発行日がなんと昭和53年10月17日。今からざっと48年ほど前のものです。
設立から池田ネジ商会が12年、立華は7年というまだまだフレッシュな時期。
そのころ書かれた発行部数20部の池田ネジ商会野球部発行の手書きの新聞です。
ところでDACHS(ダックス)は何か?というと、池田ネジ商会と立華合同の野球チームです。
誤解を恐れず書くと「仕事を頑張って、終わったら酒!休みは野球!」という時代だったようです。
日本としても若く、相当に元気な時期だったんでしょうね。
この記事はそのころの貴重な文献です。
対戦相手の東海メッツは東海大一高の教員チームでした。
現在一高は工業(大工)と合併して東海大翔洋高校になっているので、世代の方はこちらも懐かしい名前かもしれません。
ダックスの監督は吉岡。
本人曰く「代行と書いてあるけど確かちゃんと監督だった」とのお話しです。
しかし守備位置がショートみたいですが、どうやって守りながら監督をやってたんだろう…?
勝利投手の望月以外にも石川(池田ネジ)、鈴木(立華)など懐かしい名前が並びます。
立華顧問の目黒も当時参加しており、池田ネジ、立華ともに若い時代を感じますね。
試合は13対6でダックスの圧勝!
やっぱり試合後は勝利の美酒に酔いしれたのでしょうか?
若さっていいですね。
そんな今からすると遠い遠い、ある晴れた日のことのお話でした。